手付解除はいつまで?履行の着手と手付倍返しの裁判例
執筆・監修:野上俊彦株式会社おもいで不動産 代表取締役/宅地建物取引士
執筆・監修:野上俊彦代表取締役/宅地建物取引士売買契約を結んだあとで、事情が変わった。
手付金を放棄すれば解約できると聞いたけれど、それはいつまで通るのか。
答えは「相手方が契約の履行に着手するまで」です。
この線を越えると、手付金を捨てても契約から抜けられなくなります。
そして何をもって着手とみるかは、事案ごとに判断されていて、同じ登記の準備でも結論が分かれています。
この記事では、最高裁と東京地裁・東京高裁の判決を、裁判所名・判決日・結論まで示して紹介します。
そのうえで、福岡市での取引で契約から決済までにどれだけ時間があるのかを重ねて、いつまでに決めればよいのかを整理しました。
契約したものの、売るのをやめようか迷っている売主に向けた記事です。
2. 「履行の着手」とは、具体的に何のことですか
3. 決済の当日に、やっぱりやめたと言えますか
4. 売主が手付の倍返しで解除するとき、何が要りますか
5. 解約を考えたとき、売主は何をすればよいですか
6. 次に何をすればよいですか
手付金を放棄すれば、いつでも解約できますか
いつでもではありません。
民法557条1項は、買主は手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して契約を解除できると定めています。
ただし同じ条文には、相手方が契約の履行に着手したあとはこの限りでない、という但し書きが付いている。
つまり手付解除には、期日ではなく「相手の動き」で閉じる出口があります。
出典:e-Gov法令検索 民法
解約手付は、理由を問われない仕組みです
売買契約のときに買主から売主へ渡される手付金は、実務ではほとんどが解約手付として扱われます。
解約手付があると、契約違反が無くても、気が変わったという理由だけで契約から抜けられます。
買主は渡した手付金を戻さないことで、売主は受け取った手付金の倍額を渡すことで、それぞれ解除できる形です。
違約金とは別物で、損害の大きさを証明する必要もありません。
期限は日付ではなく、相手方の着手です
条文が閉じるのは「相手方が履行に着手したとき」です。
自分のほうが先に動いていても、相手方がまだ着手していなければ解除はできます。
逆に、自分は何もしていなくても、相手方が着手していれば、その時点で手付解除の道は閉じます。
見るべきなのは自分の準備ではなく、相手が何をしたかだという点に注意してください。
買主側でよく着手にあたると問題になるのは、残代金の準備や、登記手続を求める動きです。
売主側では、引渡しに向けた測量や、買主のために行う登記が争点になってきました。
なお実務の契約書では、これとは別に「手付解除期日」という日付を入れておくのが一般的です。
売主から解除するときは、手付の倍返しになります
買主が手付解除をする場合は、渡した手付金がそのまま売主のものになります。
売主から解除する場合は、受け取った手付金を返したうえで、同額を上乗せして渡します。
手付金が100万円なら、買主へ渡すのは200万円。
売却をやめる判断には、この上乗せ分がそのまま費用としてかかります。
「履行の着手」とは、具体的に何のことですか
客観的に外から見て分かる形で、契約の内容にあたる行為を始めたことをいいます。
裁判所は、履行の提供をするための準備にとどまる行為と、そこから先へ進んだ行為を分けて判断してきました。
その線がどこにあるのかは、次の3つの判決に表れています。
| 判決 | 何をした行為か | 結論 |
|---|---|---|
| 最高裁大法廷 昭和40年11月24日 | 買主が残代金を用意し、登記手続を促した | 履行の着手にあたる |
| 東京地裁 平成17年1月27日 | 売主が履行期日の3日前に司法書士へ登記を委任 | 準備行為にすぎない |
| 東京高裁 平成25年8月7日 | 売主が決済日の約2週間前に建物表題登記を行った | 履行の着手にあたる |
最高裁が示した線(昭和40年11月24日)
他人の所有する土地を買った買主が、残代金にあてる現金を用意しました。
そのうえで売主に対し、移転登記の手続のためすぐに登記所へ一緒に行くよう促しています。
最高裁は昭和40年11月24日の大法廷判決で、この行為が民法557条にいう契約の履行に着手することにあたると判断しました。
この判決は、履行期の前であっても着手は生じうる、という点もあわせて示しています。
期日が来ていないから大丈夫、という読み方はできません。
準備にとどまるとされた例(東京地裁 平成17年1月27日)
売主が、契約の履行期日の3日前に、司法書士へ登記手続を委任して委任状を交付しました。
東京地裁は平成17年1月27日の判決で、これは履行の提供をするための準備行為にすぎず、履行の着手にはあたらないとしています。
登記に向けて動いてはいても、まだ相手方に対して何かをした段階ではない、という区別です。
日付が決済に近いかどうかだけでは決まらないことが、ここで分かります。
着手にあたるとされた例(東京高裁 平成25年8月7日)
建売住宅の売主が、決済日の約2週間前に、買主名義の建物表題登記を行いました。
買主の住宅ローンを実行するために必要な登記です。
東京高裁は平成25年8月7日の判決で、この登記は履行の着手にあたると判断しました。
前の例より決済までの日数は長いのに、結論は逆になっています。
分かれ目は日数ではなく、その行為が相手方のために外へ出た行為かどうか。
決済の当日に、やっぱりやめたと言えますか
決済の日に手付解除を申し出ても、通らないと考えてください。
その日は、相手方が契約の内容そのものを実行している日だからです。
準備行為かどうかを争う余地が、ほとんど残っていません。
この段階で契約から抜けようとすると、手付金ではなく違約金の話になります。
迷いがあるなら、決済の日程を決める前に相談してください。
決済当日に何が起きているか
当社の取引では、決済は買主の銀行で行います。
その場で、残代金の入金確認、抵当権の抹消と所有権移転の登記手続、固定資産税の精算、鍵のお引渡しを行います。
所要時間は1時間ほど。
売主・買主のほかに、司法書士と金融機関の担当者が同じ場に集まる。
司法書士は前日までに登記の書類をそろえ、金融機関は融資の実行を当日にあてています。
この段取りが動き出したあとで解除を持ち出しても、相手方はすでに履行へ進んでいる状態です。
この日の流れは売却の流れのページで、ほかのステップと並べて確認できます。
福岡市の取引で、契約から決済までにある時間
当社が福岡市で仲介する場合、ご相談から引渡しまでの目安は3〜6か月です。
そのうち売り出しから買主が決まるまでが1〜3か月、契約から決済までが1〜1.5か月ほど。
手付解除を考えられるのは、この1〜1.5か月の、それも前半までと見ておいてください。
後半に入ると、買主の住宅ローンの手続や、売主側の抵当権抹消の準備が動き始めます。
決済に必要な書類が段階ごとに変わることは、売却に必要な書類にまとめてあります。
売主が手付の倍返しで解除するとき、何が要りますか
買主へ倍額を現実に提供することが要ります。
電話や書面で「倍返しするので解除します」と伝えるだけでは、解除の効力は生じません。
最高裁も、条文も、同じことを求めています。
口頭では足りないと判断されています
最高裁は平成6年3月22日の判決で、売主が手付の倍額を償還して契約を解除するには、買主に対する現実の提供が必要だと判断しました。
買主があらかじめ受け取りを拒んでいる場合でも、口頭の提供では足りないとしています。
この考え方は、いまの民法557条1項にも「その倍額を現実に提供して」という形で書かれました。
売主としては、倍額を用意したうえで、渡そうとした事実を残す必要があります。
現金を用意して持参する、あるいは振込の手続を実際に取る。
「用意はある」と伝えただけの状態で期日を過ぎると、解除できないまま契約が残ります。
契約書の手付解除期日でも区切られます
実務の売買契約書には、「本契約は令和○年○月○日まで手付解除ができる」という期日を入れます。
この期日を過ぎると、相手方が着手していなくても、手付解除の条項は使えなくなります。
民法の但し書きと、契約書の期日。
先に来たほうで出口が閉じるので、両方を見てください。
解約を考えたとき、売主は何をすればよいですか
まず売買契約書を開いて、手付解除の条項とその期日を確かめてください。
次に、買主が動いていないかを仲介した会社に確認します。
この2つが分かって初めて、手付解除という手が残っているかが判断できます。
自分で買主へ連絡する前に、確認を先にしてください。
売主から「解約したい」と切り出した瞬間に、買主が急いで手続を進めることがあるためです。
買主が動いていないかを確かめる聞き方
仲介した会社に聞くのは、買主の気持ちではなく、済んだ手続です。
住宅ローンの本審査は申し込まれているか。
司法書士との打ち合わせや、登記に必要な書類のやり取りは始まっているか。
残代金の準備や、引渡し日の段取りについて、買主から具体的な連絡が来ているか。
この3つが全部まだであれば、手付解除を検討できる状態に近いと考えられます。
ただし、最終的に着手があったかどうかを決めるのは当社ではなく、争いになれば裁判所です。
契約書で確かめる3つのこと
1つ目は、手付金が解約手付として定められているかどうかです。
2つ目は、手付解除ができる期日と、その日が過ぎていないか。
3つ目は、契約違反があったときの違約金が、いくらと書かれているか。
手付解除の道が閉じたあとに契約から抜けると、話は手付金ではなくこの違約金になります。
そもそも手付金の額や手付解除の期日は、売り出す前の条件の相談で決めておく事柄です。
その相談をどの形の契約で行うかは、媒介契約の種類のページにまとめています。
解約したい理由によっては、別の道があります
買い替え先が見つからない、住み続けたい、家族の同意が変わった。
理由によっては、解除ではなく引渡し日の延期で収まることもあります。
買主にも住まいの予定があるので、早く伝えるほど調整できる幅が広がります。
黙っているあいだに買主の手続が進み、手付解除の出口が閉じるという順番になりがちです。
相続で共有になっている不動産のように、売主側の事情が途中で変わりやすい取引もあります。
そういう取引では、契約の前に相続人の意思がそろっているかを確かめるほうが、あとから解除を考えるより手間も費用も小さく済む。
迷いが残ったまま契約日を決めると、この記事の話が現実になります。
次に何をすればよいですか
売買契約書の手付に関する条項と、手付解除の期日を写真に撮っておいてください。
そのうえで、契約の日付と、いま決済までどこまで進んでいるかを合わせてご相談ください。
15分の無料相談では、契約から抜けられる状態かどうかの整理だけでも承ります。
なお、この記事で紹介した判決は、公表された裁判例の紹介です。
何が履行の着手にあたるかは事案ごとに判断されており、似た行為でも結論が分かれています。
ご自身のケースで手付解除ができるかどうかの判断は、弁護士や司法書士にご相談ください。
