賃貸中のまま売るか、空室にしてから売るか
執筆・監修:野上俊彦株式会社おもいで不動産 代表取締役/宅地建物取引士
執筆・監修:野上俊彦代表取締役/宅地建物取引士賃貸に出している物件を売ろうとして、入居者がいるまま売るか、空けてから売るかで迷う方が少なくありません。
この2つは、同じ物件を売る2つの方法ではありません。
買える人が入れ替わり、価格の決まり方そのものが変わります。
賃貸中のまま売れば買主は投資家になり、価格は家賃から逆算されます。
空室にすれば自分で住みたい人が買えるようになり、価格は近隣の相場で決まるという違いです。
この記事で並べるのは、2つの価格がどれくらい離れるのか、空けるために何か月とどんな費用がかかるのかです。
福岡市の成約データと条文をもとに整理しました。
2. 賃貸中のまま売ると、買主はどんな人になりますか?
3. 空室にしてから売ると、何が変わりますか?
4. 立退きには、どれくらいの期間と費用がかかりますか?
5. 税金の扱いは、どちらを選んでも同じですか?
6. どちらを選べばよいですか?
7. 次に何をすればよいですか?
賃貸中のまま売ることはできますか?
できます。
入居者の承諾は要らず、貸主としての立場はそのまま買主へ引き継がれるのです。
入居者の承諾は要らない
民法605条の2第1項は、賃貸借の対抗要件を備えた不動産が譲渡されたとき、賃貸人たる地位は買主に移ると定めています。
建物の場合、入居者が引渡しを受けていれば対抗要件を備えたことになります。
つまり、売買に入居者の同意を取る必要はありません。
家賃の受け取り先が売主から買主に変わるだけで、入居者の契約内容はそのままです。
敷金を返す義務も買主が引き継ぐ
敷金を返す相手は、退去のときの所有者です。
民法605条の2第4項が、敷金の返還に係る債務は買主が承継すると定めています。
そのため、決済のときに預かっている敷金の額を買主へ渡して精算するという処理になります。
手取りを計算するときは、この敷金を先に引いておいてください。
入居者へ伝えるのは引渡しのあと
入居者への連絡は、決済と所有権移転登記が終わってから、新旧の貸主の連名で出すのが通常の進め方です。
売る前に伝えると、話がまとまらなかったときに入居者を不安にさせるだけで終わります。
一棟の建物でテナントが複数いる場合の通知は、一棟ビル売却でテナントにいつ伝えるかに書きました。
出典:e-Gov法令検索 民法
賃貸中のまま売ると、買主はどんな人になりますか?
家賃収入を目的にした投資家に限られます。
自分で住むために探している人は、入居者がいる部屋を買えません。
投資家は利回りから価格を逆算する
投資家が見るのは、その部屋がいくらで売られているかではなく、投じた金額に対して年にいくら戻るかです。
出せる金額は、年間の家賃収入を自分が求める利回りで割って決まります。
そのため、同じ部屋でも家賃が安ければ価格は下がるという関係です。
室内が古くて家賃を下げている部屋は、その安い家賃のまま評価されるという関係になります。
一棟での逆算の仕組みは利回りから売却価格を逆算で詳しく書きました。
住宅ローンを使う買主が外れる
自分で住まない物件には、住宅ローンを使えません。
投資用のローンは金利が高く、審査も厳しくなります。
結果として、買える人の数そのものが減ります。
買い手が少ない状態で売ることになるので、価格の交渉もこちらが不利になりがちです。
室内を見せられないぶん、買主は低く見る
入居中の部屋は、内覧ができません。
投資家は、退去したあとに自分でリフォームする前提で金額を考えます。
見ていない部屋の工事費は、多めに見積もっておくのが買主側の判断になります。
この「見えないぶんの引き算」も、オーナーチェンジの価格に含まれているのです。
空室にしてから売ると、何が変わりますか?
自分で住みたい人が買えるようになり、価格の決まり方が近隣の相場に変わります。
どれくらい変わるのかは、家賃と相場を並べると見えてきます。
一棟アパートや一棟ビルでは判断の軸が変わるので、そちらは満室にしてから売る?空室のまま売る?一棟の判断基準で分けて書きました。
福岡市の相場と、利回りから出る価格を並べてみる
当社が国土交通省の取引価格情報を集計したところ、福岡市南区の3LDK系マンション(70㎡前後)の成約価格の中央値は2,300万円でした。
この部屋を月9万円で貸しているとして、年間の家賃収入は108万円です。
投資家が表面利回り8%を求めるなら、108万円÷8%で1,350万円という計算になります。
利回り6%で足りる買主なら1,800万円、5%なら2,160万円です。
| 売り方 | 価格の根拠 | 仮の計算 |
|---|---|---|
| 空室で売る | 近隣の成約相場 | 2,300万円 |
| 賃貸中(利回り5%) | 年108万円÷5% | 2,160万円 |
| 賃貸中(利回り6%) | 年108万円÷6% | 1,800万円 |
| 賃貸中(利回り8%) | 年108万円÷8% | 1,350万円 |
価格はあくまで仮の計算で、実際の金額は部屋の状態と立地で動きます。
見ていただきたいのは、求められる利回りが2%違うだけで金額が数百万円動くという点です。
家賃が相場より安いまま貸している部屋ほど、この差は大きく開きます。
区ごとの中央値は福岡市の売却相場でご確認ください。
住宅ローンが使えるので、買える人が増える
空室であれば、買主は自分の住まいとして住宅ローンを組めます。
月々の返済額で考える買主が入ってくるため、投資家の利回り計算とは別の物差しで金額が決まります。
福岡市のファミリー向けマンションは、この実需の買主が取引の中心です。
南区の3LDK系は8四半期で193件、東区の3LDK系は228件が成約していました。
室内を見せられるようになる
空室なら、買主が実際に部屋に入って広さと日当たりを確かめられます。
自分が住んだときの姿を想像できるかどうかが、実需の買主の決め手です。
鍵を預けられるので、内覧の日程も組みやすくなります。
当社が実需向けに売り出すときは、売却の前にハウスクリーニングを入れるかどうかもご相談します。
投資家向けなら室内の清掃に意味はありませんが、実需の買主には水まわりの印象がそのまま金額に出るためです。
立退きには、どれくらいの期間と費用がかかりますか?
貸主の都合で出てもらう場合、普通借家なら終了までに最短でも6か月かかります。
費用については、一律の相場がありません。
通知の時期と、6か月という期間
借地借家法26条1項は、期間満了の1年前から6か月前までの間に更新しない旨を通知しなければ、契約は更新されたものとみなすと定めています。
期間の定めのない契約では、貸主の解約申入れから6か月を経過して終了します。
つまり、今日決めても出てもらえるのは半年後からです。
交渉がまとまらずに裁判になれば、そこからさらに1年以上かかることもあります。
立退料は正当事由を補う要素で、金額は事情ごとに決まる
通知を出せば必ず終わるというものではありません。
借地借家法28条は、更新拒絶や解約の申入れに「正当の事由」がなければ効力を生じないと定めています。
考慮されるのは、貸主と借主それぞれが建物を必要とする事情、これまでの経過、建物の利用状況と現況の4つです。
これに加えて、明渡しの条件として財産上の給付をする旨の申出も考慮されます。
この最後の申出が、いわゆる立退料です。
立退料だけで正当事由が認められるわけではなく、金額も事情ごとに判断されます。
実務で積み上げるのは、引越費用、次の部屋の敷金礼金、家賃の差額といった項目になります。
空室の期間は、家賃が止まって支出だけ残る
退去から売却までの間、家賃収入はありません。
その一方で、固定資産税・都市計画税、マンションなら管理費と修繕積立金は出続けます。
固定資産税は1月1日時点の所有者に1年分が課税されるので、年の途中で空室になっても納付書はご自身に届きます。
月の管理費と修繕積立金が合わせて2万円なら、空室が6か月続くだけで12万円の持ち出しです。
出典:福岡市 固定資産税
税金の扱いは、どちらを選んでも同じですか?
同じではありません。
以前ご自身が住んでいた家を貸している場合、売る時期によって使える控除が変わります。
住まなくなって3年目の年末という期限
マイホームを売ったときの3,000万円特別控除は、住まなくなった日から3年目の年末までに売れば使えます。
所有期間の長さは問われません。
いったん貸していても、この期限内に売れば対象になります。
裏を返せば、立退き交渉に時間をかけているうちに期限を越えると、3,000万円ぶんの控除がそのまま消えるという結果になります。
はじめから投資用に買った物件の場合
ご自身が住んだことのない物件には、この3,000万円控除は使えません。
譲渡所得にかかる税率は所有期間で決まり、5年超の長期譲渡なら20.315%です。
賃貸期間中に建物の減価償却をしていれば、その分だけ取得費が小さくなり、利益が大きく出ます。
手元に残る金額は手取りの試算でご確認ください。
価格差と税の損得は、必ず並べて比べる
空室にして400万円高く売れても、空室期間の持ち出しと立退料で300万円使えば、残るのは100万円です。
逆に、3,000万円控除が使える時期なら、税だけで数百万円の差が付きます。
どちらが有利かは、価格差と費用と税を同じ表に並べないと分かりません。
どちらを選べばよいですか?
判断を決めるのは、いまの家賃、入居者の契約の形、待てる期間の3つです。
この順番で確かめてください。
賃貸中のまま売るほうが向いている場合
家賃が相場どおり取れていて、利回りで計算しても相場に近い金額が出るなら、空ける手間をかける理由は薄くなります。
入居者が長く住んでいて家賃の滞りもない部屋は、投資家から見ると安心して買える物件です。
現金化を急いでいるなら、6か月待たずに売れるオーナーチェンジが現実的な選択です。
空室にしてから売るほうが向いている場合
家賃が相場より低いまま貸している部屋は、利回りで計算すると価格が沈みます。
ファミリー向けの広さがある部屋も、実需の買主を入れたほうが金額が伸びやすくなります。
以前ご自身が住んでいて3,000万円控除の期限が残っているなら、期限を優先して組み立ててください。
契約が定期借家かどうかで、選択肢が変わる
いまの契約が定期借家なら、期間の満了で更新されずに終わります。
この場合、正当事由も立退料も要りません。
期間が1年以上の定期借家では、満了の1年前から6か月前までの間に、期間満了で終わる旨を入居者へ通知します。
普通借家か定期借家かは契約書の表題と条文で分かるので、まず手元の契約書を見てください。
次に何をすればよいですか?
手元でできることは3つです。
- 契約書を出して、普通借家か定期借家か、期間の満了日がいつかを確かめる
- いまの家賃と、預かっている敷金の額を書き出す
- オーナーチェンジの価格と、空室で売る場合の価格を両方出してもらう
当社は売主側の仲介として入り、投資家と実需の買主を両方探します。
両方の価格を並べたうえで、どちらで売り出すかはお客様に決めていただきます。
査定のお申し込みは無料査定のご依頼からどうぞ。
立退きが絡む場合は判断する材料が増えるので、15分無料相談で先に状況を伺ったほうが早いこともあります。
売らずに貸し続ける場合の管理の見直しは、不動産管理のページに書いています。
