一棟のオーナーチェンジ売却|敷金・保証金はどう引き継ぐ?
執筆・監修:野上俊彦株式会社おもいで不動産 代表取締役/宅地建物取引士
執筆・監修:野上俊彦代表取締役/宅地建物取引士入居者やテナントが入ったままの一棟マンション・アパート・ビルを売ろうとしているオーナーの方へ書いています。
最初に引っかかるのは、預かっている敷金や保証金を誰が返すのかと、入居者の同意が要るのかの2点です。
結論は、同意は要らず、敷金を返す義務は買主へ移る、というものです。
どちらも、2020年4月に施行された改正民法の605条の2に書かれています。
オーナーチェンジの解説は区分マンション1戸を前提にしたものが多く、賃借人が10人、20人と居る一棟の決済には当てはめにくい内容でした。
この記事で扱うのは、条文の中身・決済での敷金の精算・事業用テナントの保証金・売る前に作る一覧表の4つです。
個別の契約の読み方は弁護士や司法書士の判断になるため、オーナーが自分で確かめられる範囲に絞りました。
サブリース(一括借り上げ)で業者に建物ごと貸している場合は、確かめる条項が別にあります。
そちらはサブリース付きの一棟は売れる?解約の条件と買主の見方をご覧ください。
2. 預かっている敷金は、売ったあと誰が返すのですか
3. 事業用テナントの「保証金」も、敷金と同じように買主へ移りますか
4. 売る前に、賃借人ごとに何を一覧にしておけばよいですか
5. 福岡市では、どんな一棟ものが取引されていますか
6. 入居者への通知と、空けてから売る選択は、どう考えればよいですか
入居者やテナントの同意がなくても、一棟のまま売れますか
賃借人が部屋の引渡しを受けていれば、賃貸人の地位は売買によって当然に買主へ移るため、賃借人の承諾は要りません。
根拠は民法605条の2第1項と借地借家法31条
民法605条の2第1項は、賃貸借の対抗要件を備えた不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位が譲受人に移転すると定めています。
建物について、その対抗要件を決めているのが借地借家法31条です。
建物の賃貸借は、登記がなくても、建物の引渡しがあれば、その後に建物を取得した者に対して効力を生じます。
鍵を受け取って住んでいる入居者も、営業しているテナントも、1人ずつ対抗要件を備えているわけです。
賃借人が15人いても、15通の同意書を集める必要はありません。
賃料も契約期間も、いまの条件のまま買主との間に引き継がれます。
家主が変わる場面を賃借人の側から見た話は、家主が変わっても住み続けられるかに書きました。
同じ運営ごとの売却でも、民泊は宿泊の契約が1泊ごとで買主に移らないため、扱いが違います(民泊を運営したまま売るには)。
ただし、民泊の運営会社が一棟を借り上げている場合は、運営会社との賃貸借契約そのものが買主に引き継がれます(一棟を民泊の運営会社に貸す)。
出典:e-Gov法令検索 民法
買主が賃料を請求できるのは登記のあと。売主が貸主に残る形もある
同じ条の第3項は、賃貸人たる地位の移転は、所有権の移転の登記をしなければ賃借人に対抗できないとしています。
法務省のパンフレットによると、買主が登記を備えていない間、賃借人は引き続き売主に賃料を払うことができ、供託もできます。
残代金の支払いと同じ日に司法書士が所有権移転登記を申請し、賃料の切替日もその日にそろえるのは、この第3項があるためです。
例外が第2項にあります。
売主と買主が、賃貸人たる地位を売主に留保し、その不動産を買主が売主に賃貸すると合意したときは、地位は買主に移りません。
売主が買主から建物を借り、入居者へはそのまま貸し続ける形です。
売主と買主の間の賃貸借が終わったときに、留保されていた地位が買主へ移ります。
買主からこの形を提案されたら、終了時の扱いまで含めて弁護士に契約書を見てもらってください。
預かっている敷金は、売ったあと誰が返すのですか
返すのは買主で、民法605条の2第4項が、敷金の返還に係る債務は譲受人が承継すると定めています。
同じ第4項で、賃借人が立て替えた修繕費などを返す費用償還の債務(民法608条)も、買主に移る対象です。
売主の手元に敷金が残ったままだと、返す義務は買主にあり、お金は売主にある、というねじれが生まれます。
そこで決済の日に行うのが、敷金を買主へ渡す精算です。
預り敷金の合計を、売買代金から差し引くのが通例
実務で多いのは、預り敷金の合計額を残代金から差し引いて、買主が支払う形です。
売買代金は満額を受け取り、敷金の合計を別に買主へ振り込む形もあります。
どちらでも結果は同じで、売主の手取りは預り敷金のぶんだけ減る計算です。
仮に家賃5万円・敷金2か月分の部屋が12戸埋まっていれば、預り敷金は120万円になります。
売買代金が8,000万円なら、その1.5%にあたる金額が決済の日に動きます。
敷金を修繕や運転資金に使ってしまっているオーナーは、この額を手取りの見込みから先に引いてください。
当社の手取りの試算は自宅の売却を前提にした作りで、敷金の精算も、建物の消費税や減価償却も入っていません。
一棟ものでは、仲介手数料の目安をつかむところまでにとどめてください。
賃料・共益費・固定資産税は、引渡し日で日割りにする
民法89条2項は、賃料のような法定果実は、受け取る権利の存続期間に応じて日割計算で取得すると定めています。
月の途中で決済するなら、その月の賃料と共益費は、引渡しの前日までが売主、当日からが買主という分け方が一般的です。
翌月分を前月末に受け取る契約では、売主がすでに受け取った賃料のうち、買主のぶんを決済で渡すことになります。
固定資産税は、お金の向きが逆です。
福岡市は、毎年1月1日現在の登記簿上の所有者を、その年度の納税義務者としています。
年の途中で売っても納税通知書は売主に届くため、引渡し日以降のぶんを買主から受け取る形で精算します。
日割りの起算日を1月1日にするか4月1日にするかは、売買契約書で決める事項です。
出典:福岡市 固定資産税
事業用テナントの「保証金」も、敷金と同じように買主へ移りますか
名前ではなく中身で決まり、賃料などの担保として預かったものは買主へ移りますが、貸付の性質を持つものは当然には移りません。
名目が保証金でも、担保の目的なら民法上の敷金
民法622条の2は、敷金を「いかなる名目によるかを問わず」、賃料などの債務を担保する目的で賃借人が交付する金銭と定義しました。
法務省のパンフレットも、「保証金」の名目で差し入れた金銭を敷金として扱う事例を載せています。
この性質の保証金なら、返還債務は605条の2第4項で買主が承継します。
反対の結論になったのが、最高裁の昭和51年3月4日判決です。
ビルの貸室で、敷金約138万円とは別に、保証金約664万円が差し入れられていました。
この保証金は、5年間据え置き、6年目から利息を付けて10年間で返す約定の、いわゆる建設協力金だった事案です。
最高裁は、賃貸借とは別個の消費貸借にあたるとし、新所有者は特段の合意をしない限り返還債務を当然には承継しないと判断しました。
この型の保証金が残っている建物では、売ったあとも返す義務が売主に残る、という読み方になります。
一方で大阪地裁は平成17年10月20日、賃料の55か月分にあたる金員の全額を敷金と認め、ビルの競落人が返還債務を承継するとしました。
金額が大きいから敷金ではない、とは言い切れないわけです。
どちらも2020年の改正より前の判断で、個別の保証金がいまの条文のもとでどう扱われるかは、契約書を読んだ弁護士の見立てになります。
償却・据置・返還時期の特約と、契約書が残っていないとき
事業用の契約には、解約時に保証金の一定割合を差し引く償却の特約が付いていることがあります。
据置期間や、明渡しから何か月後に返すかという返還時期の定めも、契約書ごとに違うものです。
決済で買主へ渡す額を、預かった額にするのか、償却後の額にするのかは、この特約を読まないと決まりません。
厄介なのは、契約が何十年も前で、契約書や覚書が手元に残っていない場合です。
買主には、引き継ぐ返還債務がいくらなのかを確かめる手段がありません。
売主の帳簿の額とテナントの認識が食い違えば、その差は決済のあとに買主とテナントの争いとして表に出ます。
そのため買主の側は、示された額と違っていた場合は売主が負担する、という条項を売買契約に求めてくることがあります。
売り出す前にできる手当ては、預り額・償却・契約期間を書いた確認書をテナントと取り交わしておくことです。
確認書の文面と保証金の性質の見立ては、弁護士か司法書士に依頼してください。
言葉の意味は不動産売却の用語集で、オーナーチェンジと敷金の項目から引いてください。
売る前に、賃借人ごとに何を一覧にしておけばよいですか
賃借人1人につき1行で、賃料・共益費・敷金や保証金の額・償却の特約・契約の種類・契約期間・滞納の有無を並べた一覧がレントロールです。
買主はこの表から、年間の収入と、引き継ぐ債務の合計を読み取ります。
| 項目 | 書く内容 | 買主が確かめること |
|---|---|---|
| 賃料・共益費 | 月額と支払日 | 年間の収入 |
| 敷金・保証金 | 預り額と名目 | 引き継ぐ返還債務の合計 |
| 償却の特約 | 割合または額、据置期間、返還時期 | 実際に返す額と時期 |
| 契約の種類 | 普通借家か定期借家か | 契約が更新されるかどうか |
| 契約期間 | 始期と満了日、更新の回数 | 退去や賃料改定の時期 |
| 滞納の有無 | 月数と金額 | 敷金から差し引かれる額 |
一覧の数字は、契約書・更新の合意書・覚書・入金の記録と1行ずつ突き合わせてください。
どの欄をどこから写すのか、部屋以外の収入をどう並べるのかはレントロールの作り方で手順にしています。
1つでも空欄が残る賃借人がいれば、買主は引き継ぐ債務の合計を出せず、そこが価格交渉の前の質問になります。
売却全体で要る書類は売却の必要書類にまとめました。
相談から決済までの順番は一棟の売却の流れで追えます。
契約の種類は、普通借家か定期借家か
定期借家が成り立つのは、書面か電磁的記録で契約し、更新がなく期間の満了で終わることを、あらかじめ書面を交付して説明した場合だけです。
借地借家法38条は、この説明をしなかったときは、更新がないという定めを無効としています。
契約書の表題が「定期」でも、説明の書面が残っていなければ、買主は普通借家として見るしかありません。
期間が1年以上の定期借家では、満了の1年前から6か月前までに終了の通知を出さないと、終了を賃借人に主張できない決まりです。
通知の時期が決済をまたぐなら、売主と買主のどちらが出すのかも売買契約で決めておきます。
滞納がある部屋は、引き継ぐ敷金の額が変わる
民法622条の2第2項は、賃借人が賃料を払わないとき、賃貸人は敷金をその弁済に充てることができるとしています。
賃借人の側から「敷金で払っておいてほしい」と求めることはできません。
滞納のある部屋では、決済までに敷金を充てるのか、滞納分の請求権を買主へ譲るのか、売主に残すのかを決めることになります。
決めないまま一覧に満額の敷金を書くと、買主へ渡す額と実際に返す額が合わなくなるためです。
福岡市では、どんな一棟ものが取引されていますか
当社の集計では、福岡市7区の10年間で共同住宅が2,982件、事務所・店舗の建物が651件取引され、共同住宅の47%は木造でした。
国土交通省の取引価格情報をもとにした2016〜2025年の数字で、買主へのアンケートに回答があった取引だけなので、全数ではありません。
一棟ものの半分近くは木造アパートで、賃借人は個人が中心
共同住宅2,982件の構造を見ると、木造の47%に対して、RC造は33%にとどまります。
区別では東区622件、博多区553件、南区539件の順で、この3区だけで全体の57%を占めました。
城南区357件、中央区356件、早良区318件、西区237件と続きます。
福岡市で取引されている一棟ものの半分近くは木造のアパートで、賃借人は個人が中心です。
この型の売却で手間がかかるのは、保証金の読み解きよりも、戸数ぶんの敷金と契約書を1件ずつそろえる作業のほうでしょう。
直近8四半期(2024年第2四半期〜2026年第1四半期)の490件では、1億円未満が262件で53%でした。
事務所・店舗の建物は、博多区と中央区に58%が集まる
事務所・店舗651件のうち、博多区が215件、中央区が165件で、2区を合わせると58%です。
3番目の東区は107件でした。
構造は鉄骨造が52%で、築31年以上の建物が43%を占めます。
新築のときから入っているテナントがいれば、その契約書は30年以上前に交わされたものです。
保証金の特約と契約書の有無が売却の論点になるのは、主にこの2区の建物だと読めます。
直近8四半期の146件では、1億円以上が98件で67%と、共同住宅の47%を上回りました。
1棟あたりの金額が大きいぶん、保証金の扱い1つで動く額も大きくなります。
入居者への通知と、空けてから売る選択は、どう考えればよいですか
通知は決済のあとに新旧の貸主の連名で出すのが一般的で、空けてから売る道は、普通借家では貸主の都合だけでは進みません。
「賃貸人変更のお知らせ」は、決済後に新旧連名で出す
売却活動の段階で、賃借人に知らせることを義務づけた法律の定めはありません。
決済が済んだら、賃貸人が変わった日、新しい賃貸人の名前と連絡先、賃料の振込先を書面で知らせます。
敷金を新しい賃貸人が引き継いだことも、同じ書面に書いておく事項です。
売主と買主の連名にするのは、賃借人が「どちらに払えばよいか分からない」状態を作らないためです。
買主の名前だけで振込先の変更が届くと、賃借人には本物かどうかを確かめる手がかりがありません。
管理会社が入っている建物では、管理会社が文面を用意して各戸へ届ける流れが一般的です。
何月分から振込先を切り替えるかの決め方は、一棟ビル売却でテナントにいつ伝える?通知の時期と文面で書いています。
過去に入居者が亡くなった部屋を含む建物は、買主への告知が別に要ります。
その扱いは賃貸中の事故物件を売るに書きました。
入居中のままだと買主は投資家に限られ、立退きには正当事由が要る
賃借人が入ったままの建物を買うのは、賃料収入を目的にした投資家です。
自社ビルとして使いたい会社や、建て替えたい買主には売りにくくなります。
では、空けてから売ればよいのでしょうか。
普通借家では、貸主からの更新拒絶や解約の申入れに、借地借家法28条の「正当の事由」が求められます。
考慮されるのは、貸主と借主それぞれが建物を必要とする事情、これまでの経過、建物の利用状況と現況、立退料の申出です。
更新しない旨の通知は期間満了の1年前から6か月前までに出す決まりで、解約の申入れでも終了までに6か月かかります。
正当の事由があるかどうかは最後は裁判所が決めるので、かかる時間も結果も事前には読めません。
賃借人が10人いれば、この交渉が10件並びます。
次に何をすればよいですか
手元でできることは3つです。
- 賃借人ごとの一覧を作り、契約書・覚書・入金の記録と突き合わせる
- 保証金の特約(償却・据置・返還時期)を契約書から書き出す
- 預り敷金の合計を、手取りの見込みから引いておく
売らずに持ち続ける場合の管理の見直しは、福岡市の不動産管理のページに書いています。
当社は福岡市博多区の売却専門の会社で、売主側の仲介として入り、買主は広く探します。
買主の側に別の不動産会社が付くこともある、という立ち位置です。
査定から決済まで代表が担当し、登記と税務は連携している司法書士・税理士と進める体制です。
保証金の性質のように契約の解釈が分かれる点は、弁護士の判断を仰いでください。
一棟の売却で当社がどう進めるかは、福岡市の一棟ビル・マンション・アパート売却のページにまとめました。
一覧が未完成のままでもかまいませんので、一棟アパート・一棟ビルの入力欄がある無料査定からご相談ください。
